お地蔵さんは、なぜ「よだれかけ」をしているの― 母性愛をあらわす「よだれかけ」 ―
江戸時代の中期、江戸は百万人を超す大都会になりつつあった。町の環境も悪くなり、疫病も流行し、幼子が多量に死亡した。
親の死に目にあえない幼い子を亡くした母親は、わが子は独り淋しく、「三途の川」のほとりで、私を探しているのはないだろうかと、悲しみに沈んでいた。
灘区大石南町 太郎八地蔵尊 そこで、この悲しみをいやしてくれるのは誰か、誰にお願いすればよいか、母親は村の庄屋に尋ねると、庄屋はそれは村のはずれのお地蔵さんにお願いするのが 一番よいと教えてくれた。庄屋は母親に「地蔵菩薩」はつねに黄泉路を歩いておられ「三途の川」にもきっと行かれるに違いないと言われた。
母親が早速お地蔵さんにお願いにいくと「地蔵菩薩」は快く母親の願いを引き受け、「三途の川」には多くの子どもが遊んでいるが、お前さんのお子さんが、他 の子供と区別できる何か特徴のあるもの(かおり)があれば教えてほしいといわれた。
母親は家に帰り、亡き子の体臭を想い出してわが子との心のつながりのあ る「よだれかけ」があった。これだと想いお地蔵さんにお持ちして話すと「地蔵菩薩」さまは、その「よだれかけ」を自分のお鼻にあてて、わかったわかったと うなだれ、「このかおりが、お前さんの子どもの特徴ですね」といわれ、母親は、「はい、そうです。どうぞよろしくお願いいたします。」というと、地蔵菩薩 はそのかおりのする子を見つけて「私が必ず、極楽浄土へ導いてあげます」と言われた。
灘区國玉通 國玉地蔵尊母親はその尊い言葉を信じた。このような母親の「地蔵菩薩」さまの信仰は、亡き子への最後の母性愛であり涙ぐましい慈愛である。
やがて、この信仰が全国に伝わり、殆どの地蔵尊が「よだれかけ」をお首にいられるのは、母親の精一杯の願いをこめた信仰と奉仕のあらわれである。愛児の体臭のしみ込んだ「よだれかけ」だけでなく、帽子でも着物でも、肌着でもよいわけであり、母親は、子どもの肌につけたものを「地蔵菩薩」に捧げ救いを求めるのである。使い古したものは失礼だと考えて、新しく作ったカラフルな「よだれかけ」を奉納するのは、本来の趣旨からは逸脱するものかもしれません。
文:豊田 實
※本知恵袋内容は一般的内容ですが、お地蔵様の写真は灘区「國玉地蔵尊」「太郎八地蔵尊」を採用させて頂きました。





































