兵庫大仏― 神戸市兵庫区北逆瀬川町 宝積山 能福寺 ―

神戸というおしゃれな街に、奈良、鎌倉と並んで日本三大大仏と呼ばれる兵庫大仏があるのを知っている人は意外に少ない。この大仏のある能福寺は805年唐 への留学から帰国した最澄が、和田岬に上陸し、自らが刻んだ薬師如来像を安置した堂宇がはじまりとされ、最澄によるわが国最初の天台霊場とされている。
1180年福原に遷都した平清盛は、その翌年この寺で剃髪入道したことから、能福寺は平家一門の庇護を受け大いに栄えたが、平家滅亡後はすっかりさびれ戦 火で消失してしまった。
その後1599年に長盛法印によって再建されたと伝えられている。明治時代に入り、外国人が多数この大仏を参拝(見物)に訪れるよ うになったことから、ジョセフ ヒコによって書かれた英文の能福寺縁起が石碑に刻まれている。
現存の兵庫大仏は二代目に当り、初代は1891(明治24)年に豪商南条荘兵衛によって建立されたといわれ、その時日本三大大仏に数えられた。しかし昭和19年解体され金属として国に供出させられた。また翌年の神戸大空襲により寺は全焼してしまった。
二代目の現大仏は、多くの市民や企業の寄金により、47年ぶりに平成3年に再建されたものである。
高さ7mの台座の上に座します大仏は高さ11m,重さは60トンで、総工費は約5億円であったという。
文:廣川 幾雄





































