魚屋道― 六甲山 ―
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六甲山を南北に横断する道は幾つもあるが、阪神深江から六甲山頂一軒茶屋を経て有馬温泉へ至る道は魚屋道と呼ばれている。江戸時代の「摂津国名所大図絵」によると、西国街道から森村で分かれて山に入り六甲山頂を経て有馬へ通ずる道が描かれている。
この道は東灘と有馬を結ぶ重要な道路で、東灘からは専ら浜で取れた鮮魚を大消費地である有馬へ運び、有馬からは竹製品などの生活雑貨を仕入れて帰っていた。魚屋道という名は明治のはじめに付いたらしい。

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午前0時にに魚を担いで深江浜を出発して、1個の提灯を頼りに真っ暗な山道を上り下りして、朝の4時に有馬に着いたと言われている。
風吹岩を過ぎて山頂へ至る中間あたりに本庄橋(跡)がある。明治時代に本庄の村民によって建てられた石づくりの立派な橋があった。今は崩壊して仮設の簡単な橋になっているが、こんな本格的な立派な橋をかけるほど当時は重要な道だったといえる。 明治中期に福知山線が開通すると、魚屋道は商いの道としての役割を終え、現在は六甲山最高峰への南から直登する登山道となっている。かなりハードな道で、私の足で有馬まで6時間もかかった。

阪神深江駅のすぐ北に魚屋道の石碑と由来を記した説明板が建っている。
文:廣川 幾雄
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|---|---|
| 有馬の昔話 |





































