敦盛塚― 須磨区一ノ谷町 ―

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源平合戦にまつわる須磨浦公園を訪ねた。海岸に沿って松と桜の混植は春夏秋冬、日本的な海岸美。潮騒を聞きながら松林を歩く。そんな場所はもう都市近郊にはない。
「一の谷」と聞けば、平家物語の源平古戦場である。
「祇園精舎の鐘の声諸行無常の饗きあり」。公園内の源平古戦碑や安徳宮・内裏跡公園などを歩く。幼い身でこの地の仮御所で日々を過ごした天皇、松籟(松に吹く風の音)を何と聞いたことだろう。
松林の小道を敦盛塚へ。高さ四メートル、「平敦盛卿の墓」と「平家一族供養塔」の二本の石柱が左右に立っている。
「兵庫県の歴史散歩」によれば敦盛塚は、執権北条貞時が、平家一門供養のために建てた五輪塔であるが、平家物語の「敦盛最期」に結び付けて敦盛塚と呼ぶようになったと記している。
「敦盛最期」は次のように語られている。
戦いに敗れた敦盛は沖の船に向かっていたが源氏の武将熊谷次郎直実に呼び止められて討たれた。かれは祖父忠盛が鳥羽天皇から賜わった笛をもっていた。
平家物語では敦盛が携えていた笛は「小枝」とある。須磨寺には「青葉の笛」として伝わっている。境内の源平の庭には、熊谷次郎と平敦盛の騎馬像がある。
JR須磨駅前からバスに乗り、一の谷で降りて歩くのがいい。
文:佐野 良
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