特集ページSpecial Number

繋いでいきたい大切なもの
  -神戸・日本の伝統を見つめる-


 

日本独自の行事や風習、文化。移り行く歴史の中で消えてしまいつつも、現代に残る足跡、形を変えて受け継がれていること(行事・習慣)やもの(建造物・道具)を紹介します。

古来日本、娯楽・交流の中心に-農村歌舞伎舞台-
匠が残した大工道具-竹中大工道具館-

■ 古来日本、庶民の娯楽・交流の中心に
   - 農村歌舞伎舞台 - ■■■■■■■

■ 「農村歌舞伎舞台」をご存知ですか? ■■■

現在、「歌舞伎」と言えば、家元内で代々芸や名を受け継ぎ演じるという、少し敷居の高いイメージがありますが、このような形のものだけではありません。

 

昔から日本には「地芝居」と呼ばれ、農業や商業などを営んでいる人々が地元の祭りや奉納行事の中で、自ら演じることが各地で行われていました。

「農村歌舞伎」は、江戸時代に日本各地の農村で広まった「民俗芸能」の一種。歌舞伎を見るだけでは物足りなく、村人たちが演技や衣装・道具作りを行い楽しんだ庶民の娯楽です。

 

その上演に使用した舞台が「農村歌舞伎舞台」。しかし、当時の江戸幕府は華美な文化・芸能を取り締まっていた為、神社に奉納する形で上演されたそうです。

 

その結果、現存する舞台は神社の境内にあり、神殿に向かい合う形で建っているものが多く見られます。


写真:[上]「神戸すずらん歌舞伎」公演の様子 /[左]身近な娯楽として広まった「農村歌舞伎

 

■ 神戸に残る農村歌舞伎舞台 ■■■

現代では、集落や町で歌舞伎を演ずるという風習や文化は殆ど無くなり、それに伴って「農村歌舞伎舞台」も姿を消して行きましたが、神戸市内には多くの舞台が今も残されています。

 

しかし、その多くは老朽化や別な用途としての使用、舞台装置などが残っていないなどの理由により実演が難しい状態にあるそうです。

 

その中で、北区山田町に残る天満神社の「上谷上」(県指定重要有形民族文化財)と天彦根(あまつひこね)神社の「下谷上」(国指定重要有形民族文化財)の舞台は、様々な舞台機構が備わっており現在でも「農村歌舞伎」などで使用されています。

 

中でも「下谷上」の舞台は、「回り舞台※1」、「太夫座※2」、「ぶどう棚※3」など多彩な機構が備わっており、中でも「花道の裏返し機構※4」は全国でもここだけです。

 

市内にある「農村歌舞伎舞台」の殆どが北区にありますが、西区押部谷町の「顕宗仁賢神社」境内にある舞台は、2007年に再建され、「農村歌舞伎」の上演や神社の祭りや地域交流の場として積極的に活用されています。

※「※1〜4」の説明は、本コンテンツ最下部に記載

 

 

写真:[上]北区山田町 天満神社「上谷上」の農村歌舞伎舞台 /[下]「下谷上」に備わる舞台機構“回り舞台”

 

■ 農村歌舞伎を楽しむ-神戸すずらん歌舞伎- ■■■

その風習が薄くなっている「農村歌舞伎」ですが、今でも上演を行っている地域や団体は日本各地に存在します。


「神戸すずらん歌舞伎」もそのひとつ。「農村歌舞伎舞台」が多く残る神戸市北区ではそれを生かそうと、「農村歌舞伎」を学ぶ講座を平成11年に開設。その修了生を中心に「神戸すずらん歌舞伎」を結成しました。

実は、今回の「農村歌舞伎舞台」紹介記事は「神戸すずらん歌舞伎」代表、竹内隆さんにご協力頂いたもの。神戸に残る「農村歌舞伎舞台」や「神戸すずらん歌舞伎」の活動について教えて頂き、紹介しています。

現在、「神戸すずらん歌舞伎」のメンバーは約20名。年齢も職業も様々で、住まいも北区の他、中央区、垂水区からも参加しているそうです。ちなみに竹内隆さんは、普段は小学校の先生をされています。

そして、その演技を指導されている元松竹関西歌舞伎役者の市川箱登羅(いちかわ はことら)さんは、市民や子供中心で結成された複数の歌舞伎団体の演技指導をし、歌舞伎の楽しさを伝える活動を積極的に行っている方です。

 

そんな市川箱登羅さんの下で、「神戸すずらん歌舞伎」は月に2回、上演前には毎週練習を行っています。メンバーは芝居だけでなく、衣装や小道具の用意、着付けや化粧などもそれぞれの得意分野やできる事で役割を分担し行っているそう。

 

そして、実際に「上谷上」や「下谷上」、「顕宗仁賢神社」などで上演する際は、その地域の人が舞台の準備や裏方を手伝い、一丸となって舞台作りを行っています。

 

「歌舞伎は本当に自由で、演者、観客共に楽しむことができます。以前、役に合わせて坊主頭にしたこともあるんですよ。」と竹内さんが語る言葉からは、夢中で歌舞伎に取り組んでいらっしゃる様子が伺えました。

 

その楽しさを伝えたいと、「農村歌舞伎舞台」だけでなく、市内の小・中学校で上演し、歌舞伎を紹介する活動も行っています。

 

「観客として、農村歌舞伎を楽しむ秘訣は?」という記者の問いかけに対し、「演者へ飴玉などの“おひねり”をしてみたり、独特の台詞まわしや屋外ならではの風景を楽しんで頂けたらと思います。そして、ぜひ、みなさんも演じることや舞台を作ることに参加して頂ければ、もっと歌舞伎の魅力が感じられますよ。」とお答え下さいました。

写真:[右上]「顕宗仁賢神社」での舞台/[右下]演者として子供から大人まで楽しめる※写真左、僧侶姿が竹内さん/[左上]天彦根神社「下谷上」での舞台。写真左に見える赤い橋が“花道の裏返し機構”/[左下]沸き立つ観客、“おひねり”の様子も伺える。

 

古来日本では、村人たちの交流の場でもあった「農村歌舞伎舞台」。

 

その存在が消え行く中だからこそ、そして人と人との繋がりが希薄になりつつある現代にこそ、「農村歌舞伎」や「農村歌舞伎舞台」は必要なものであり、継承しなければならないものなのかもしれないと感じます。

 

■取材協力
「神戸すずらん歌舞伎」代表・神戸市立花谷小学校 教諭:竹内 隆 氏
□参考資料
丹生山田の郷 農村歌舞伎舞台/山田民族文化保存会 発行
□農村歌舞伎舞台 関連
北神戸 丹生山田の郷: http://www14.plala.or.jp/niu_yamada/

<※1>心棒に差し込んである横木を打ち込んで、盆を浮かせ押し回す。別名「さら」。
<※2>浄瑠璃を語る太夫や、三味線引きが座る所
<※3>天井に竹で組んだすのこをつくり、幕や背景を吊り下げる。
<※4>花道の一部が180度開店し、反り橋が出現する。

 


■ 匠が残した大工道具 
   - 竹中大工道具館 - ■■■■■■■■■■

 

■ 消えゆくものにみる ■■■

名高い寺院・神社から家の近所にある古いお寺・神社、昔ながらの長屋や日本家屋、農村歌舞伎舞台・・・
日本の伝統的な様式と技巧を用い、大工の手によってひとつひとつ丁寧に組み上げられた建物。

明治初期までは木造建築一筋に、様々な様式、多彩な造形、そして職人の高度な技術と表現力を用い、独自の建築文化を築いてきました。

 

しかし、鉄筋・鉄骨・コンクリート作りの建物が主役となり、建築生産の機械化・システム化と電動工具の発展・普及により、活躍の場を失った古来の建築技術を持った大工は減り、それに伴い、伝統の技を支え続けた大工道具は姿を消しつつあります。

 

外国では例を見ない程卓越した木造建築の技術とそれを支えた道具たち。これらを知ることで、日本の伝統や文化はもちろん、現代人が忘れかけている自然やものや人との付き合いを見直すことができるかもしれません。

 

手で抱えられない程立派な一本柱や梁、磨き減り、てかてかと光る建具や床板。お寺の境内や古い木造の家の中で過ごす時の神聖な気持ちや穏やかでどこか懐かしい感覚。単純に、そういうものが消えていくことに寂しさを覚えます。

写真:[上]昔の大工が使用していた墨壺(竹中大工道具館所蔵) /[左]日本の伝統的な建築技法 “木組” (竹中大工道具館所蔵 )

 

■ 古来の大工道具と職人の心をみる ■■■

神戸市中央区にある「財団法人 竹中大工道具館」は、職人が魂を込めて作りあげ、大工たちが大切に使用した大工道具の数々を収集・保存し、日本古来の建築様式、技術、道具を研究、展示している、博物館法に基づき歴史博物館として登録された公益博物館です。

 

「道具の歴史」、「木と匠と道具」、「道具と鍛冶」、「道具と映像」をテーマにした4つのフロアでは、約2,000 点(収蔵数は約24,000点)の大工道具を始め、道具の職人の仕事、古来の建築技術や大工の仕事、海外の大工道具を見ることができます。

 

写真:[右]竹中大工道具館 入り口

 

■ 「道具の歴史」をみる
原始時代や古代〜現代に至る大工道具の発生や発達の過程を見ることができる「道具の歴史」フロア。

原始時代に使用された石を研いだだけの石器に始まり、木製の持ち手が付き、より使いやすく加工が施され、形や大きさが多様化していく様を数々の復元品や実物の道具を目の前に見ながら、日本建築の変遷と合わせて知ることができます。

 

鑿(のみ)ひとつをとっても形や大きさは様々で、それぞれ用途が異なります。

 

それらの中から大工は加工に必要な道具を的確に選び抜いていたのでしょう。

 

機能と直結したフォルム、長年、大工の手に触れ磨かれて光る木肌、刃先。その姿からは、大工とともに日本建築を支え続けたという自信に満ちた風格と美しさを感じます。

 

写真:[上]古代から現代まで、大工道具の数々/[下]実際に大工が使用していた鑿(のみ)

 

 

このような展示と同時に、原始時代や古代の大工道具の研究も行っている「竹中大工道具館」。

例えば、遺跡から発見された木に開いた一つの穴。そこから穴を開けた道具を推測し、復元するという研究も行っているそう。

 

大工道具の歴史的変遷の全貌を明らかにし現代から未来に伝える為、世界中を飛び回りその謎を少しずつ紐解いた成果が展示の一部にはあります。

 

■ 木と匠と道具をみる
「木と匠と道具」をテーマにしたフロアでは、模型、古材、古文書、絵巻物、写真などから、伝統的な木材加工法やその技術を見ることができます。

古代から日本建築の素となった木材の種類、その木の特製を生かし計算し尽された伝統的な木組。 木のことを熟知の上で細工を施している工匠の技。


日本の木の加工技術のレベルの高さを実感できることでしょう。

 

 

お勧めは、木組の模型を実際に触ることができるコーナー。その複雑な仕掛けを持つ木組をはずし、さらに組み立ててみてください。一連の過程に成功したらうれしくなりますよ。

 

本当に昔の大工の知恵は素晴らしいです。

 

写真:[上]大工の知恵が詰まった“木組”の模型/[下]欄間などの装飾品は当時の大工の技術の高さが伺える

 

■ 道具と鍛冶をみる
良い大工道具を作るには、確かな腕を持った職人が必要です。そんな職人の技と道具を「道具と鍛冶」のフロアでは見ることができます。

 

大工道具の殆どが鋼を加工した刃物。その刃物を扱う道具鍛冶の仕事の様子から道具鍛冶が手掛けた道具などを通して、その世界を垣間見ることができます。

 

見どころは、名高い道具鍛冶が作った名品の数々。その切れ味と美しさは、見る人によっては、他との違いは一目瞭然だそうです。

 

それでも、記者のような素人が見ても、目の前の道具が持つ品格や背筋が伸びるような空気を感じることができました。

 

写真:[上]使いこまれた大工道具。刃先が短い鑿(のみ)や鋸(のこ)は長年大切に使用されてきた証/[下]名工が手掛けた鉋の刃(神雲夢:名工 千代鶴是秀 作)

 

■ 道具と映像、企画展示をみる
他にも「竹中大工道具館」では、道具の使い方や作り方を映像で見ることのできる「道具と映像」のコーナーや企画展示もあります。

 

訪問時には鉋(かんな)をテーマに「削る-鉋の世界-」(現在も部分的に12月25日まで期間を延長して展示中)開催。多彩な種類の国内の鉋から海外の鉋まで、その歴史や機能・構造、製作技術、使用方法、匠の品などからたっぷりと鉋の世界を知ることができました。

 

中でも記者が驚いたのは、数え切れない程の種類の豊富さ。その多様さは同じカテゴリーの道具だとは思えません。ちなみに一人前の大工が揃える鉋の種類は40種以上だという調査結果もあるそうです。

 

写真:[左]多彩な種類の鉋 /[中]大工鍛冶の仕事を展示/[右]向こう側が透ける程薄い鉋くず

このように大工、大工道具、道具を作る職人から、日本の伝統的な建築や文化を知ることのできる「竹中大工道具館」。

 

私たちの身近にありながら、なかなか触れる機会の少ない世界にぜひ、心を向けてみてください。

 

竹中大工道具館
公式HP:http://dougukan.jp

□場所:〒650-0004 神戸市中央区中山手通4-18-25
□開館時間:9:30〜16:30(最終入場16:00まで) ※月曜日定休 (祝日の場合は翌日)
□お問い合わせ: 078-242-0216
□運営:財団法人 竹中大工道具館
※竹中大工道具館はリニューアル工事の為、[2008年12月26日(金)−2009年3月20日(金)] の間は休館となっております。ご来館の際はお気をつけください。