ステーキ、ビーフシチュー、エビフライにカツレツ、そしてオムライス。
神戸開港と同時に次々とやって来た多くの外国人とともに外国の品々や技術など、当時の日本では考えられなかった文化が流れ込み、その中の1つに“食”があった。
外国との交易が盛んになり、洋裁や靴作りなど外国人向けの商売や衣食住環境に関わる仕事に就く日本人が増え、その中には神戸と欧米を結ぶ外国航路の船上コックとして働く人たちがいた。
この船の中で、これまでの日本の食文化とは全く異なるヨーロッパ料理作りに腕を振るう日本人コックたちがいた。やがて、彼らは船を降りて神戸のまちでヨーロッパ料理の店を開きはじめるようになった。これが神戸の洋食の始まりとなった。船の上で学んだヨーロッパ料理をベースに、まちに住む外国人はもちろん、日本人の口にも合うように研究と開発を重ね生み出したのが、“洋食”と呼ばれる日本オリジナルな食文化だ。さらに、神戸開港からすぐに旧居留地で開業を始め、当時から上質な料理が味わえると評判だった“旧オリエンタルホテル”では、多くの日本人シェフが料理の腕を磨いていた。
本場の味を知る外国人と新たな料理に舌鼓を打つ日本人を満足させるべく、神戸のシェフたちが作り出した料理は、やがて日本中から注目され、神戸の食文化を代表する“神戸の洋食”となった。
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