その職人芸に達する技術力により、ブランドとしての神戸のハンドメイドシューズの名を全国に馳せることとなりました。1952年(昭和27年)頃からは、長田区に多く集まっていたゴムメーカが“ケミカルシューズ(合成皮など皮革以外で作られた靴)”製造を始めました。色やデザインの自由度が高いファッションシューズとしてのニーズが高まり、一時は全国の80%の生産量を誇りました。しかし、阪神淡路大震災の被害によって、長田区に集まる靴製造業者や東灘区の靴職人の多くが廃業に追い込まれた、「はきだおれ」のまち神戸の現状でもあります。 |