
はじめに
神戸は「名水」と呼ばれる湧き水・源泉が豊富にあります。皆さんもミネラルウォーターで「六甲の~」という名前を目にされたことがあると思います。そんな神戸の名水の中でも、全国的にも有名な「灘の酒」の元となっている「宮水」と呼ばれる名水があるのをご存知でしょうか?本特集では灘の酒づくりに欠かせない宮水について紹介します!
- ・宮水とは
- ・宮水の歴史
- ・宮水発祥の地
- ・酒造会社の宮水井戸
- ・名水で作られた商品紹介
◆ 宮水とは
宮水パネル
宮水(みやみず)とは、今の兵庫県西宮市の海岸地帯の一部から湧出する、硬水の一種です。日本酒つくりに適していると江戸時代から知られていて、灘の酒づくりに欠かせない名水です。
◆ 宮水の歴史
兵庫では江戸時代前期まで、伊丹が代表的な酒どころでした。幕府が江戸に移り、伊丹からの酒の輸送に日数がかかるようになると、品質を落とさず輸送するのが困難になったため、江戸時代後期になると、伊丹より江戸への交通の便が良く、輸送日数が短縮できる灘地区が上方酒の主流となっていきました。
宮水の発見
灘の酒蔵
六甲山から見る神戸
宮水が発見されたのは、一説によると天保6年(1835年)頃と言われています。当時、魚崎で酒造屋を営んでいた山邑太郎左衛門(やまむらたざえもん)が、自分の酒造がある魚崎と西宮で、できる酒の味が違うことに気づきました。西宮で作られる酒のほうがのどごしが良く、夏を越しても腐りそうにないばかりか、ますます美味となっていくのです。
太郎左衛門は原因の追求にやっきになりました。魚崎・西宮両方の蔵を点検し、酒造工程も確認しましたが特に違いはありません。原料となる米も同じものを使っています。蔵人(酒造職人)が違うのかと思い、職人を入れ替えて作ってみましたが変わりません。「米でもない、職人でもない・・・」考え抜いた太郎左衛門は遂に“水”が違うのではないかと思いつきました。
古来、銘酒に良水はつきものですが、魚崎と西宮では同じ六甲山系から落ちてくる水を使い、距離もそう離れていないため、水質に違いがあるとは誰も想像していなかったのです。
早速、西宮蔵の井戸水を魚崎に移送し、何年か試験醸造を続け、水の違いが酒の味に繋がっていることを突き止めたのです。最初は水を運んでどうするんだ、元値が高くなるだけじゃないかと太郎左衛門を笑っていた酒造家も、競って西宮の水の引用を始めました。
何故、伊丹酒は衰退したのか
宮水の発見により灘地区の酒が有名になるまで隆盛を誇っていた伊丹酒は何故衰退してしまったのでしょうか。まず、輸送の問題があります。海岸線を持たない伊丹は酒を江戸に運ぶのに一旦川を下って積み替えなければならず、海に面した灘・西宮より輸送日数がかかります。また江戸期に入り、伊丹酒が持っていた武家好みの香気・舌の触感共に強烈な味よりも、淡泊な酒が要求されるようになった事も原因の一つでしょう。
宮水は淡泊な酒にぴったりでした。江戸期の酒は年の暮れから3月にかけて仕込んでいましたが、秋には変質してしまうことがよくありました。出荷前に火を通して殺菌していたのですが、当時の樽詰めの酒では完全な密封ができなかったのでしょう。宮水を使った淡泊な酒は雑菌の繁殖する機会を少なくし、秋を越えてますます深みをまし“秋晴れ”と呼ばれました。
◇ 精白酒誕生のきっかけ
ある年、山邑太郎左衛門の蔵で醸造米が少し余ったため、米を思い切り精白にして酒を作ったらどうなるか試してみようと考えました。職人たちは3日3夜の間、米を水車にかけ、つき通してみました。すると、米はヌカがぬけて真っ白になり、大きさも初めの半分以下でまるで粟粒のようになりました。
その米で作った酒を飲んだ太郎左衛門は、渋い顔をしました。色は薄く、ねばり気もなく、さらっとした口当たりでこれまで良いとされてきた酒とはあまりにも違っていたからです。一度、江戸の人の舌で試してみようと、思い切って江戸の市場に送ってみたところ、山邑の酒のうち、この見本酒に一番高い値がついたのです。
太郎左衛門は翌年から米の精白度を高くして醸造するようになり、灘の酒の品質は一段と向上していったと伝えられています。
◆ 宮水発祥の地
より大きな地図で 宮水地帯 を表示
宮水発祥の地の石碑
梅の木井戸
阪神電鉄西宮駅から南へ歩いて10分ほど、国道43号線を超えて程なくしたところに、宮水発祥の地があります。ここには「梅の木井戸」と石碑が建てられていて、周辺には酒造メーカーが集まっています。
宮水が湧出する地域も少しずつ変化してきました。山邑太郎左衛門が使っていた宮水が湧き出していた場所は、現在の宮水発祥の地より南の海岸寄りでした。この周辺を第一宮水地帯と呼びます。
大正のはじめ頃、西宮港の修築工事により海水の圧力が高まり、宮水地帯への浸透が始まり、宮水に塩分が増え、味が変わってきました。そのため、酒屋や水屋は東北200~300mのところに新しく井戸場を設けました。
ちょうど現在の発祥の地の南側にあたり、この周辺は第二宮水地帯と呼ばれます。
しかし、大正期の酒造のピーク時に、井戸から宮水を汲み上げすぎたせいで水位が低下し、再度海水の浸透が始まってしまいました。最終的にもう少し北に移動し、これが第三宮水地帯と呼ばれ、現在の発祥の地の北側にあたります。
銘酒のまち西宮
阪神高速沿いにある「沢の鶴」の宮水井戸
◇ 宮水まつり
宮水まつりパレード
西宮神社(西宮えびす)では、毎年10月の第一土曜日に、宮水発祥の記念碑前にて宮水まつりが行われています。
秋から始まる新酒の醸造を前に、全国銘水百選にも選ばれ酒づくりに最も適した水である「宮水」を、巫女姿の宮水娘が井戸から角樽に汲み出し、神前にお供えして祭典を行います。
祭典に引き続き、雅楽を奏しながら、宮司以下祭員、えびす様に扮した酒造会社の人、宮水娘、時代装束を身につけた酒造会社の社員ら約80名が列を整え、宮水発祥の地記念碑を出発、
市内を巡行し、西宮神社へ向かいます。
午前11時30分からは本殿にて、「えべっさんの酒醸造祈願祭」を斎行いたします。
宮水の入った酒造各社の角樽をお供えし、これから始まる酒造りの無事と
出来栄えを祈願します。
◆ 酒造会社の宮水井戸
宮水発祥の地周辺には各酒造会社の宮水井戸が集まっています。ここでは、酒造会社の宮水井戸の一部を紹介します。
(注意)
- ・見学には各酒造会社・酒蔵へ事前に予約をする必要があります。
- ・予約をしても試飲することはできません。
より大きな地図で 各地宮水井戸一覧 を表示
沢の鶴 宮水井戸
白鷹 宮水井戸
日本盛
菊正宗
◆ 名水で作られた商品紹介
宮水は酒造りに適した水ですが、神戸には名水を使った知られざる商品があります。「灘目素麺」という名前を聞いたことはありませんか?灘といえば生一本、というように酒のイメージが強いのですが、山から海までの距離が近く、水車が多かったことで製粉・精米が行われ良質の小麦粉があり、六甲おろしに代表される冬の寒さと名水という条件は実は素麺づくりに最適なのです。灘素麺の技術は播州素麺にも伝播したと言われています。
「灘目素麺」は淡河の道の駅の販売所で取り扱っています。
[参考文献]
- ・宮水物語―灘五郷の歴史 読売新聞阪神支局編 中外書房刊
- ・灘五郷歴史散歩 春木一夫 創元社刊
- ・ひょうごの名水 厳選55ヶ所 神戸新聞総合出版センター



























